フジファブリック
大学三回生の秋から現在までずっと追っていたバンド・フジファブリックが2025年2月に活動休止するという発表が7月の頭に出た。
仕事から帰ってきて、LINEを開き、友人からの連絡が一番上に表示されていた。「フジのお知らせ見た?」の一文でその下にあったフジファブリック公式ラインのページを慌てて開く。お知らせを読んでしばらく言葉が出ず、椅子に座り、動けなくなった。
フジファブリックを知ったのは2010年の秋。もう冬が近づき冷え冷えとする空気。家族も寝ていて、その静かさが余計に寒さを強調する。しかし暖房は好きじゃないからとひざ掛けだけをして、震える手でリビングにあるパソコンで大学の課題を作成していた時だった。
作業用BGMとしてCSの音楽チャンネルを音量抑え目で流すのが当時多かった。PCにも音源は入れてるし、ウォークマンも持っている。ニコニコやYouTubeにも「作業用BGM」とタイトルについた動画ももちろんあった。(サブスクはなかったけどね)
ヘッドフォンをずっとつけてると耳が疲れる、インターネットに接続すると作業の手が止まるので触りたくない。そういう面から当時はCSの音楽チャンネル、個人的にスペースシャワーTVが好きでかけていた。
その時、流れたイントロに耳を奪われた。
手を止めテレビの画面を見る。「虹/フジファブリック」と表記が出ていた。
吸い込まれるように演奏するフジファブリック(当時5人メンバー)を見て、聴いた。
どうやらフジファブリックMV特集だったため、このあともMVが次々に流れ、たしか『夜明けのBEAT』まで流れたはずだ。
課題をほっぽりだしたまま、当時、レンタルショップが生活圏内になく「ツタヤディスカス」というネットからCDやDVDを発送してもらい郵送で借りれるサービスに登録していたので、片っ端からフジファブリックのCDをリクエストした。
家族共有のアカウントやから、勝手に大量にCDを登録して若干妹から怒られたものの、妹もフジの楽曲を聴くと一瞬で好きになってくれた。我々にはフジファブリックの楽曲がぴたりとハマったのだ。
2009年にボーカル/ギターでほぼすべての楽曲を手掛けていた志村正彦さんが急逝して止まっていた活動が、ちょうど2011年の秋に本格的に再始動するというタイミングだった。出会ったタイミングがあまりにも良すぎた。偶然にも程があったと思う。
大阪のFMラジオ「FM808」で初オンエアされた『STAR』。リアタイで母と妹と一緒にラジカセで聴いた。わたしたちにとって初めて立ち会うフジファブリックの新曲で胸が高鳴った。
京都音楽博覧会(秋に野外で行われる、アコースティックメインのライブイベント。ロックバンド・くるりが主催)で初めてフジファブリックの演奏を見た。オープニングの時点で、新たにボーカルを担当することになったギター・山内総一郎さん(総くん)が目印である赤いストラトキャスターを背負って出て来た時は「本物だ」と感動してしまった。
そのあとにスタートした「ホシデサルトツアー」。初日の大阪・なんばHatchが奇跡的に当選し、約2時間フジファブリックの音楽を浴びれた奇跡に震えた。翌日の名古屋公演は大阪・東京が外れた時の保険としてエントリーしてて当選したので、人生初の一人旅・遠征をした。
その後も熱心に追い続け、CDやDVDは必ず予約し、ライブツアーの半分以上をまわり、今に至る。端折らないとあまりにも長い。気づいたら干支が一周くるっと回ってしまっているくらいなんだから。出会いと別れ、新たな発見に失敗。良いことも悪いことも、いろんなことがあった。
最近は、円盤系は相変わらず買っていたが、ライブやイベントは大阪や関西圏であれば行くくらいに落ち着いてしまっていた。
「今日活動休止しまーす」でなく、本当に良かったと思っている。時間をもらえたから。感謝している。
活動休止発表後初めてのワンマンが8/4に行われ、大慌てでチケットをとり、飛行機に乗り込んで東京・有明まで行ってきた。
10年ぶりにくらいに再会出来たフォロワーさんと会場前にお話しさせてもらい、少しはリラックスしていたものの、着席すると心は落ち着かなかった。
ライブが始まっても、いつものライブの雰囲気と違い、固く、ピンと糸が張ったような緊張感を感じていた。メンバーの表情も無に近く、いつもなら客を煽るフレーズがなかったりとか、普段通りじゃないこの状況に戸惑いさえ感じてしまった。
特にキーボードの金澤ダイスケさん(ダイちゃん)は別人のようで、挨拶もわかってはいたはずなのに、心が苦しくなった。最初に脱退を申し出たのがダイちゃんだと発表の時に明かされていた。それを受けての挨拶だったからだ。脱退の道を提示したことも、話し合いをして最終的に活動休止を選択したメンバーも悪いことではない。生きてる限り、選択肢が浮かび続けるし。でも寂しいのは確かだ。
ライブ中には、志村さんの映像と音源を使用し、4人でのライブもあって、20周年ライブなんだと改めてお祝いしたい気持ちが湧き出た。
その後、ライブの真ん中を過ぎたあたりだろうか。ベースの加藤慎一さん(かとをさん)がメインで話すMCコーナー「カトーーク」。お客さんからお題をもらい、謎かけする。
今回はお題「20周年」で、「ペット」とかける。そのこころは、どちらも「めでたい(愛でたい)」でしょう。
この日のかとをさんは絶好調で、笑顔でたくさんお話をしてくれた。
自分の誕生日(8/2)がいつも祝われない(学生の時は夏休み、バンドマンなってからは夏フェスで忙しい)と嘆き、総くんとダイちゃんから「いつも祝ってるよ!」とツッコミが入ったり。このあたりから、メンバーもお客さんも柔らかい空気になったと思う。
最後の方は総くんもほぐれてるなって感じたし、ダイちゃんは派手なパフォーマンスはなくとも少し表情が落ち着いていたそんな気がした。
次は11月の大阪城ホールで、くるり・アジカンとの3マンライブ。(10月の音博はどうしても都合がつかず断念することになって悔しい)
そのあと~2月はまだ予定は発表されていない。
わたしは来年の2月の活動休止最終日まではフジファブリックに全力を注ぐつもりだ。
後悔したくない。最後の最後まで見届けたい。
できればワンマンライブツアーはしてほしいと願っている。フジファブリックの演奏を目に焼きつけ、耳に記録したいから。もしなかったとしても、とにかくやりのこしたことがないようにしたい。こんなに好きなバンドはわたしの人生、後にも先にももう出会えないと思うので。
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